「文学で読む日本の歴史 五味文彦」を読む。
著者はこれまでの歴史研究では見えなかったことを探ろうと、二つの方針を試みる。文学は即ち歴史を表すと考える。
○一つは、人の世代の進行を自然に反映する「百年」をひと区切りとした時間軸。
○もう一つは「文学」で、これを歴史の目で読み解くことである。
○ この二つによって著者が過去からたぐりよせ、目の前に示してくれるのは、そのときどきの「思潮」だ。
○思潮とは、物の見方や思想の傾向のことで、これがその時代の人びとを強くとらえ、社会や政治のしくみにも大きな力をおよぼすという。
○本書は、万葉集・古今和歌集ほか多くの古典文学を通して、「思潮」を浮き彫りにし、時代の全体像を探る。
1 国づくり 『古事記』と『魏志』倭人伝
一 国づくりの原型
二 国づくり神話
三 大和の国づくり
四 外来の王
2 統合の仕掛け 『日本書紀』と『宋書』倭国伝
一 統治の構造
二 倭国平定の物語
三 倭の五王
四 擁立された王と統合の思潮
3 文明化の動き 『日本書紀』と『万葉集』
一 文明化への初発
二 仏教伝来
三 文明化の象徴
四 文明化と国内改革
4 制度の構築 『万葉集』と『懐風藻』
一 律令国家建設の歌声
二 律令の制定
三 制度化の進捗
四 制度化の到達と大仏開眼
5 神仏習合の論理 『日本霊異記』と『続日本紀』
一 仏教信仰の深まり
二 神仏習合
三 習合の治世
四 習合の行方
6 作法の形成 『伊勢物語』と『竹取物語』
一 宮廷社会の形成
二 宮廷文化の展開
三 社会文化の新段階
四 宮廷文化の達成と作法の思潮
7 開発の広がり 『古今和歌集』と『今昔物語集』
一 大地変動と疫病
二 宮廷政治と文化の規範
三 富豪の輩と兵と
四 地方の反乱
五 開発の担い手とその思潮
8 風景を描く、映す 『枕草子』と『源氏物語』
一 宮廷社会の裾野の広がり
二 自然と人を見つめる
三 道長と女房文学の輝き
四 浄土への信仰
五 風景の思潮
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○ 一例をとり出そう。奈良時代に流行した「神仏習合」(神と仏の合祀ごうし)は、異質なもの同士を妥協・共存させようとする試みの典型。この「習合」の思潮が、土地の私的支配である荘園と公的支配である公領とが併存する構造を作ったと著者は見る。
○鎌倉時代以降の幕府と朝廷という二つの政体の並立もしかり。なるほど、思潮から読み解く歴史は、初めて登った山から見知った景色を改めてながめるみたいで新鮮だ。
○ 文学もまた歴史の目で読み解くことで、がぜん面白味が増す。『竹取物語』でかぐや姫に言い寄った貴公子がなぜ5人で、うち2人が皇族なのか。これは皇子2人、公家3の政治形態表す。なぜ姫が天に帰る前に天子(天皇)が出てくるのか。それは天上の帝と地上の帝の交流を意味する。
○ 歴史の幕あいに、おりおりの和歌・漢詩・物語などの文学作品がちりばめられた独特の叙述。文学の中に歴史の実景を見出みいだし、歴史の中に文学を置いてみる営みから、新しい日本史像が浮かび上がってくる。本書の範囲は弥生時代から平安時代までの主として古代。著者の専門である中世を扱う次作が楽しみだ。
著者は五味文彦1946年、山梨県生まれ。放送大学教授。著書に『中世のことばと絵』『書物の中世史』など。
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