BS放送で1960年アメリカ映画「スパルタカス」を見る。この映画はアカデミー賞作品だ。
実在のスパルタカスは BC73年に超大国ローマに反乱を起こした剣闘士奴隷だ。この反乱は クラッサス率いるローマ軍に敗北する。スパルタカス始め反乱奴隷は十字架に掛けら死刑にされる。超大国は常に残酷大国である。
主役のカーク・ダグラスはエネルギッシュな反乱奴隷指導者を演じる。
対するローマ軍司令官を演じるのはイギリスのシェイクスピア劇の名優 ローレンス・オリヴィエだ。演技に凄さがある。彼の演技はこの映画の骨だ。ピーター・ユスティノフは 映画「クォ・ヴァディス 」で皇帝ネロを演じた演技派だ。 ジーン・シモンズはスパルタカスの妻を演じる。
監督スタンリー・キューブリック
主な俳優。
スパルタカス カーク・ダグラス
クラッサス ローレンス・オリヴィエ
ヴァリニア ジーン・シモンズ
グラッカス チャールズ・ロートン
アントナイナス トニー・カーティス
バタイアタス ピーター・ユスティノフ
2015年3月2日月曜日
映画 スパルタカス
梅の花
我妹子(わぎもこ)が、植ゑし梅の木、見るごとに、心咽(む)せつつ、涙し流る 大伴旅人 万葉集 巻3-0453
亡き妻が植えた梅の木を見るたびに、胸がつまって、涙を流してしまう
大伴旅人 は 大伴家持の父です。
当時としては60歳の高齢になっていた大伴旅人は、妻を伴って太宰府の長官である太宰の帥(そち)を拝命し、九州に赴任しました。しかし妻は到着からまもなく彼の地で亡くなっています。その3年後の730(天平2)年、従二位大納言に昇進して奈良の都に帰りました。都の自邸に一人戻った旅人が、かつて妻が手ずから植えた梅の木を見て詠んだ歌です。
ウイリアム王子
ウイリアム王子の優しい気持ちに感謝します。
英国のウィリアム王子は3月1日、東日本大震災で津波被害を受けた宮城県石巻市と女川町を訪れた。津波の惨状を聞き、家族を亡くした人に励ましの言葉をかけた。
石巻市では石巻日日新聞社の展示施設を訪れ、震災直後に発行された手書きの壁新聞を見学した。子ども3人を亡くした遠藤伸一さん(46)、綾子さん(46)夫妻とも懇談。「私も若いころ、大切な母(ダイアナ元妃)を亡くし、少しは2人の気持ちが分かる。母を思い出してつらい時は今日のことを思い出します」。涙ぐむ伸一さんの腕をさすって「あなたは立派な父親だと思う」と励ました。
March 1. British Prince William visited had tsunami Ishinomaki City, Miyagi Prefecture and the Onagawa by the Great East Japan Earthquake. Prince hears the devastation of the tsunami, said the words of encouragement to the people who lost family.
映画「小さいおうち」
映画「小さいおうち」見ました。私は自分の家が焼夷弾空襲で全焼し、多くの同級生が焔に包まれ焼死した。私としては悲しい映画です。
監督:山田洋次。主な俳優:黒木華、倍賞千恵子。松たか子。 吉岡秀隆。
○奥さまの密かな不倫を女中さんが知る。女中さんは苦悩する。アメリカ軍の焼夷弾空襲で「小さいおうち」は焔に包まれる。奥さまとご主人は防空壕で抱きあって焼け死ぬ。生き残った女中さんは悲しい物語をノートに書き残して死ぬ。
2015年3月1日日曜日
坂井ローラさん
坂井ローラさん。歌は人生の喜び。感動のニュース。
○祖国ルーマニアで自由に歌うことを禁じられた。だが、来日して美空ひばりの歌を聴き、涙がこぼれるほど感動。歌を再開し、今では病院や老人ホームを慰問する。福岡県宮若市に住むルーマニア出身の主婦坂井ローラ(本名=坂井エレナ・ラゥラ)さん(36)。活動は3年目に入った。
一度決めたら 二度とは変えぬ これが自分の 生きる道 泣くな迷うな 苦しみ抜いて 人は望(のぞ)みを はたすのさ
2月上旬、宮若市の安倍病院であったステージ。ローラさんが歌う美空ひばりの「人生一路」に、デイサービスの利用者やスタッフら約50人が聴き入った。
「柔(やわら)」や「おまえに惚(ほ)れた」には、高齢者が口ずさんだり手拍子したり。「歌は永遠に皆さんの心を明るくしてくれる」。ローラさんは聴衆に語った。
独裁政権下、歌は禁止
ルーマニアで生まれ育ったローラさんは幼少の頃から歌が大好きだった。小学生の時には歌劇団のメンバーに選ばれ、月に数回各地を巡った。
だが、9歳の時に母から突然「歌は終わったよ」と言われた。理由を尋ねても返事はない。「大統領のせいなの?」と聞くと平手打ちされた。
当時はチャウシェスク大統領の独裁政権下で、自由に歌うことが禁止された。秘密警察が来て「娘が平和の歌を歌っている。再び歌えば一家の命はない」と脅し、母がとっさに庭に埋めた数枚を除く歌劇団の写真などを破り捨てた。
ショックを受けたローラさんは自宅のワイン樽(だる)にホースを突っ込んで飲み、自殺を図った。禁止が解けても以前のように歌えなくなった。
19歳の時にダンサーとして来日。東京のクラブで君彦さん(59)と出会って1999年に結婚し、君彦さんの故郷の宮若市に引っ越した。
転機は8年前のこと。自宅で本を読んでいた時、テレビから聞いたことがない歌声が耳に入ってきた。
ひとり酒場で 飲む酒は 別れ涙の 味がする 飲んで棄(す)てたい 面影が 飲めばグラスに また浮かぶ
美空ひばりの「悲しい酒」。生前の映像が流れていた。歌声に涙がこぼれた。「この人は誰なのか」。君彦さんから、日本を代表する歌手だが、すでに亡くなったと聞いた。
CDやDVDを買い込んだ。君彦さんに歌詞をひらがなに直してもらい、意味を繰り返し尋ねた。生涯を知るほどに、憧れが強まった。そして歌を練習し、2010年には日本国籍を取得した。
■慰問活動、ステージは100回超
12年春、知人を通じてローラさんの歌を知った安倍病院のスタッフから「歌が好きなら患者さんの前で歌ってみないか」と誘われた。本番直前まで迷ったが、ひばりの曲を歌うと拍手を受けた。
活動は口コミなどで広がり、老人ホームや夏祭り、同窓会などに呼ばれるようになった。経験したステージは100回を超える。持ち歌は約40曲だ。