「淑女失格 佐藤愛子」を読む。
○ 作家・佐藤愛子の出生、生い立ち、文学修行、結婚、離婚、夫の事業の倒産、多額の借財、直木賞受賞。幾多の困難をユーモアと怒りで乗り越えてきた、波瀾万丈にして清々しい、女の履歴書である。
○ 愛子さんは「怒りの愛子」と言うニックネームを持っているが、実に誠実な方である。
○ 愛子さんは子供の頃は高い木があると登りたくなり、黒板を見ると落書きをしたくなる。掃除当番というとサボりたくなった。淑徳涵養を旨とする女学校で、人を驚かせることが大好きな「淑女失格」女学生の歩んだ凛々しお嬢さんだった。
○ 父は小説家の佐藤紅緑、母・シナは元女優(芸名三笠万里子)であった。
愛子さんは父佐藤紅緑が50過ぎに生まれた女の子で父親に溺愛された。兄は詩人のサトウハチローさんである。
○ 愛子さんは作家になって狐狸庵先生こと遠藤周作氏の知己を得て数々のユーモア溢れる指導を受けた。北杜夫さん、なだいなだ さん、川上宗薫さんとも同人誌の友人であった。
2018年7月26日木曜日
「淑女失格 佐藤愛子」を読む。 ○ 作家・佐藤愛子の出生、生い立ち、文学修行、結婚、離婚、夫の事業の倒産、多額の借財、直木賞受賞。幾多の困難をユーモアと怒りで乗り越えてきた、波瀾万丈にして清々しい、女の履歴書である。 ○ 愛子さんは「怒りの愛子」と言うニックネームを持っているが、実に誠実な方である。 ○ 愛子さんは子供の頃は高い木があると登りたくなり、黒板を見ると落書きをしたくなる。掃除当番というとサボりたくなった。淑徳涵養を旨とする女学校で、人を驚かせることが大好きな「淑女失格」女学生の歩んだ凛々しお嬢さんだった。 ○ 父は小説家の佐藤紅緑、母・シナは元女優(芸名三笠万里子)であった。 愛子さんは父佐藤紅緑が50過ぎに生まれた女の子で父親に溺愛された。兄は詩人のサトウハチローさんである。 ○ 愛子さんは作家になって狐狸庵先生こと遠藤周作氏の知己を得て数々のユーモア溢れる指導を受けた。北杜夫さん、なだいなだ さん、川上宗薫さんとも同人誌の友人であった。
「世界史としての日本史 半藤一利 出口治明」を読む。 ○ 近年メディアを席巻する「日本特殊論」がある。しかし日本は本当に特別の国なのか。 世界史のなかに日本史を位置づければ、本当の歴史と日本人の姿が浮かび上がる。 ○ 世界史に造詣の深い出口氏と昭和史の碩学である半藤氏の対談である。私たちは謙虚に世界史の中の過去の日本史を考察しよう。 ○ 世界史の中の日本は強大な国ではない。むしろ、発展から取り残されていた辺境の小国列島であったかも知れない。 そして日本は明治維新で欧米に一気に近づこうとした国である。発展があまりにも急なので、歪みが多かった。 ○ 現代はグローバリゼーションの流れが世界中を流れている。その際に日本の立場が辺境の小国であったかも知れない過去を誠実に理解し、外国の歴史や文化を真摯に学ぶ姿勢がなければ再び世界の営みから弾き出されることや、搾取される立場になるかもしれない。無知はやめ、危機感を持たないといけないと考えるべきだ。 ○ 天皇と言う名称は中国に対抗するために創った名称であり、国内では明治維新になるまで殆ど使われていなかった。 ○ 「神風」と言う言葉は江戸時代から盛んに使わるようになった。 ○ 明治維新では薩長は尊皇攘夷を掲げたが、維新が成功すると、攘夷は捨てて尊皇だけ残した。 ○ 昭和の始まりと同じ時期にソ連のスターリン、ドイツのヒトラーが独裁権を掌握した。日独伊三国同盟は太平洋戦争への道を開いた。 ○ 太平洋戦争の起点はノモンハン事件である。
「世界史としての日本史 半藤一利 出口治明」を読む。
○ 近年メディアを席巻する「日本特殊論」がある。しかし日本は本当に特別の国なのか。
世界史のなかに日本史を位置づければ、本当の歴史と日本人の姿が浮かび上がる。
○ 世界史に造詣の深い出口氏と昭和史の碩学である半藤氏の対談である。私たちは謙虚に世界史の中の過去の日本史を考察しよう。
○ 世界史の中の日本は強大な国ではない。むしろ、発展から取り残されていた辺境の小国列島であったかも知れない。
そして日本は明治維新で欧米に一気に近づこうとした国である。発展があまりにも急なので、歪みが多かった。
○ 現代はグローバリゼーションの流れが世界中を流れている。その際に日本の立場が辺境の小国であったかも知れない過去を誠実に理解し、外国の歴史や文化を真摯に学ぶ姿勢がなければ再び世界の営みから弾き出されることや、搾取される立場になるかもしれない。無知はやめ、危機感を持たないといけないと考えるべきだ。
○ 天皇と言う名称は中国に対抗するために創った名称であり、国内では明治維新になるまで殆ど使われていなかった。
○ 「神風」と言う言葉は江戸時代から盛んに使わるようになった。
○ 明治維新では薩長は尊皇攘夷を掲げたが、維新が成功すると、攘夷は捨てて尊皇だけ残した。
○ 昭和の始まりと同じ時期にソ連のスターリン、ドイツのヒトラーが独裁権を掌握した。日独伊三国同盟は太平洋戦争への道を開いた。
○ 太平洋戦争の起点はノモンハン事件である。
2018年7月25日水曜日
「別冊太陽 円空 遊行と造仏の生涯」を読む。 この本では多くの円空仏が美しいカラー写真で見る事ができて感激です。 ○ 私は飾らない、素朴ない円空仏が大好きです。私は美術館で何回か円空仏を拝見しました。円空仏は素朴な慈愛の微笑を表していて、心の寧らぎです。私は円空の系譜は棟方志功に繋がっているように思う。 特別付録の円空筆「十六善神図」は棟方志功の版画を思わせる。 ○ 円空(1632~1695 享年64歳)は美濃(岐阜県)で生まれた、江戸時代前期の修験僧(廻国僧)・仏師・歌人。特に、各地に「円空仏」と呼ばれる独特の作風を持った木彫りの仏像を残したことで知られる。 円空は一説に生涯に約12万体の仏像を彫ったと推定され、現在までに約5,300体以上の像が発見されている。円空仏は全国に所在し、北は北海道・青森、南は三重県、奈良県までおよぶ。多くは寺社、個人所蔵がほとんどである。その中でも、岐阜県、愛知県をはじめとする各地には、円空の作品と伝えられる木彫りの仏像が数多く残されている。そのうち愛知県内で3,000体以上、岐阜県内で1,000体以上を数える。また、北海道、東北に残るものは初期像が多く、岐阜県飛騨地方には後期像が多い。多作だが作品のひとつひとつがそれぞれの個性をもっている。円空は木彫仏以外にも、多くの和歌や大般若経の扉絵なども残されている。
「別冊太陽 円空 遊行と造仏の生涯」を読む。
この本では多くの円空仏が美しいカラー写真で見る事ができて感激です。
○ 私は飾らない、素朴ない円空仏が大好きです。私は美術館で何回か円空仏を拝見しました。円空仏は素朴な慈愛の微笑を表していて、心の寧らぎです。私は円空の系譜は棟方志功に繋がっているように思う。
特別付録の円空筆「十六善神図」は棟方志功の版画を思わせる。
○ 円空(1632~1695 享年64歳)は美濃(岐阜県)で生まれた、江戸時代前期の修験僧(廻国僧)・仏師・歌人。特に、各地に「円空仏」と呼ばれる独特の作風を持った木彫りの仏像を残したことで知られる。
円空は一説に生涯に約12万体の仏像を彫ったと推定され、現在までに約5,300体以上の像が発見されている。円空仏は全国に所在し、北は北海道・青森、南は三重県、奈良県までおよぶ。多くは寺社、個人所蔵がほとんどである。その中でも、岐阜県、愛知県をはじめとする各地には、円空の作品と伝えられる木彫りの仏像が数多く残されている。そのうち愛知県内で3,000体以上、岐阜県内で1,000体以上を数える。また、北海道、東北に残るものは初期像が多く、岐阜県飛騨地方には後期像が多い。多作だが作品のひとつひとつがそれぞれの個性をもっている。円空は木彫仏以外にも、多くの和歌や大般若経の扉絵なども残されている。
「さすらいの唄 森繁久彌」を読む。 ○ この本は森繁久彌さん(1913~ 2009)の自叙伝です。 森繁 久彌さんは、俳優、歌手、コメディアンとして活躍されました。 NHKアナウンサーとなって満州国へ赴任。帰国後、舞台やラジオ番組の出演で次第に喜劇俳優として注目され、映画『三等重役』『社長シリーズ』『駅前シリーズ』で人気を博しました。非常に存在感のある俳優さんでした。 ○ 森繁久彌さんは大阪府枚方で生まれました。旧制北野中学から早稲田第一高等学院に進み、1934年に早稲田大学商学部へ進学。在学中は演劇研究部(略称:劇研)に所属し、先輩部員の山本薩夫や谷口千吉と共に活動する。 森繁久彌さんは自称「不良」でした。「不良」とは自由人の意味だそうです。当時は学生が喫茶店に入るのも映画館に入るのも「不良」でした。 ○ 森繁久彌はNHKから満州(中国東北部)に派遣され貴重な経験をされました。
「さすらいの唄 森繁久彌」を読む。
○ この本は森繁久彌さん(1913~ 2009)の自叙伝です。
森繁 久彌さんは、俳優、歌手、コメディアンとして活躍されました。
NHKアナウンサーとなって満州国へ赴任。帰国後、舞台やラジオ番組の出演で次第に喜劇俳優として注目され、映画『三等重役』『社長シリーズ』『駅前シリーズ』で人気を博しました。非常に存在感のある俳優さんでした。
○ 森繁久彌さんは大阪府枚方で生まれました。旧制北野中学から早稲田第一高等学院に進み、1934年に早稲田大学商学部へ進学。在学中は演劇研究部(略称:劇研)に所属し、先輩部員の山本薩夫や谷口千吉と共に活動する。
森繁久彌さんは自称「不良」でした。「不良」とは自由人の意味だそうです。当時は学生が喫茶店に入るのも映画館に入るのも「不良」でした。
○ 森繁久彌はNHKから満州(中国東北部)に派遣され貴重な経験をされました。
2018年7月24日火曜日
「トヨタ物語 野地秩嘉」を読む。 ○ 豊田佐吉・豊田喜一郎・石田退三・豊田英二・豊田章一郎・豊田章夫と続くトヨタの系譜は、奇跡とさえ思わせる。 ○トヨタ生産方式を書いた解説書は数多あるが、これほどその本質を的確に伝える書は無かった。 ○ 7年に及ぶ著者の取材は、それ自体が豊田イズムを体現した執筆姿勢だと感嘆する。 ○ トヨタ生産方式は、日本の他業種・アメリカ・中国等数百社に及んでいる。 その要諦は、他人にものを考えて貰って機械を使うことでなく、全て自分で考えて自分の頭を使うのである。考える人間をつくるシステムである。 ○ 若い指導員が、「私は、町工場の人たちに愛情を感じました。」と言った時であった。工場長大野は叱った。 「愛情?。よせ。そんな湿っぽい感情はいらん。余計なことは考えなくていい。それより仕事を楽しめ。」
「トヨタ物語 野地秩嘉」を読む。
○ 豊田佐吉・豊田喜一郎・石田退三・豊田英二・豊田章一郎・豊田章夫と続くトヨタの系譜は、奇跡とさえ思わせる。
○トヨタ生産方式を書いた解説書は数多あるが、これほどその本質を的確に伝える書は無かった。
○ 7年に及ぶ著者の取材は、それ自体が豊田イズムを体現した執筆姿勢だと感嘆する。
○ トヨタ生産方式は、日本の他業種・アメリカ・中国等数百社に及んでいる。
その要諦は、他人にものを考えて貰って機械を使うことでなく、全て自分で考えて自分の頭を使うのである。考える人間をつくるシステムである。
○ 若い指導員が、「私は、町工場の人たちに愛情を感じました。」と言った時であった。工場長大野は叱った。
「愛情?。よせ。そんな湿っぽい感情はいらん。余計なことは考えなくていい。それより仕事を楽しめ。」
「俳優になろうか 笠智衆」を楽しく読む ○ 私は俳優、笠智衆(1904~1993)さんの「飄々、ほのぼの」としたお人柄に魅了されます。 ○ この本は日本経済新聞の「私の履歴書」に掲載された記事を纏めたものであり小津安二郎作品への主演で有名な笠智衆さんの伝記です。 浄土真宗の寺に生まれ、継ぐことを嫌って放浪し、思いがけぬ採用された俳優の世界。俳優になってから一度寺の住職になるが、俳優に戻る。 ○ 長い不遇の時代をしぶとく生きて、いつのまにか松竹の看板俳優に。小津安二郎監督のみならず、清水宏、稲垣浩、木下恵介、山田洋次といった大監督達の名作に顔を出す。 ○ 大監督や俳優達のエピソードはどれも興味深いが、やはり小津監督との交流が興味深い。蓼科での合宿や九州旅行、白樺派との交際。映画の黄金期の余裕が感じられる、古き良き日本映画界の歴史が丁寧に語られる。その語り口は、映画の中での役柄そのままの、実直な人柄が感じられる。
「俳優になろうか 笠智衆」を楽しく読む
○ 私は俳優、笠智衆(1904~1993)さんの「飄々、ほのぼの」としたお人柄に魅了されます。
○ この本は日本経済新聞の「私の履歴書」に掲載された記事を纏めたものであり小津安二郎作品への主演で有名な笠智衆さんの伝記です。
浄土真宗の寺に生まれ、継ぐことを嫌って放浪し、思いがけぬ採用された俳優の世界。俳優になってから一度寺の住職になるが、俳優に戻る。
○ 長い不遇の時代をしぶとく生きて、いつのまにか松竹の看板俳優に。小津安二郎監督のみならず、清水宏、稲垣浩、木下恵介、山田洋次といった大監督達の名作に顔を出す。
○ 大監督や俳優達のエピソードはどれも興味深いが、やはり小津監督との交流が興味深い。蓼科での合宿や九州旅行、白樺派との交際。映画の黄金期の余裕が感じられる、古き良き日本映画界の歴史が丁寧に語られる。その語り口は、映画の中での役柄そのままの、実直な人柄が感じられる。