「仏のきた道 中国の仏教文化を探る 鎌田茂雄」を読む。
○ 紀元前2世紀、中国前漢の武帝は匈奴を討伐し、河西回廊から西域の拠点を確保、東西交通路を開いた。西インドからアフガニスタン、パキスタン地方に伝播した仏教は、後代「シルクロード」と呼ばれる交易路を往来する隊商と共に中国に広まる。「シルクロード」は「ブッダロード」でもあった。
○ 黄河支流の伊水の辺に竜門石窟が造営され、675年その中の奉先寺大仏が完成した。この大仏が奈良東大寺の大仏の原型となった。
○ 中国大陸の寺院訪問が許可された1976年以来、筆者自身が踏査した石窟寺院、故城址、仏寺、仏塔を検証し、中国仏教文化の全貌を明らかにする。
シルクロードから黄河流域の知られざる仏像と寺院を訪ね、仏教の伝来とその変容のプロセスをたどる書である。貴重な写真資料を多数掲載している。
2018年4月16日月曜日
「仏のきた道 中国の仏教文化を探る 鎌田茂雄」を読む。 ○ 紀元前2世紀、中国前漢の武帝は匈奴を討伐し、河西回廊から西域の拠点を確保、東西交通路を開いた。西インドからアフガニスタン、パキスタン地方に伝播した仏教は、後代「シルクロード」と呼ばれる交易路を往来する隊商と共に中国に広まる。「シルクロード」は「ブッダロード」でもあった。 ○ 黄河支流の伊水の辺に竜門石窟が造営され、675年その中の奉先寺大仏が完成した。この大仏が奈良東大寺の大仏の原型となった。 ○ 中国大陸の寺院訪問が許可された1976年以来、筆者自身が踏査した石窟寺院、故城址、仏寺、仏塔を検証し、中国仏教文化の全貌を明らかにする。 シルクロードから黄河流域の知られざる仏像と寺院を訪ね、仏教の伝来とその変容のプロセスをたどる書である。貴重な写真資料を多数掲載している。
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