2016年3月7日月曜日

2月6日。日曜美術館「曾我蕭白 の奇想天外 」を見る。 曾我蕭白は言う。「画を望ば我に乞うべし、絵図を求んとならば円山応挙よかるべし」 江戸時代中期、京都の画壇には円山応挙、与謝蕪村、伊藤若沖、池大雅、長澤蘆雪ら気鋭の絵師が一斉に現れ、次々と新しい日本画を生み出していた。その鬼才たちの中でも、最も強烈だったのが曾我蕭白(1730~1781)である。 蕭白の描いた作品の多くは伝統的な故事である。しかしその表現は、見る者の神経を逆なでし、混とんの渦へと落とし入れる。尊敬されるべき仙人は薄ら笑いを 浮かべ、勇猛さを誇るべき獅子は何かにおびえるかのよう。女性を描けば常軌を逸した表情に。墨の濃淡を熟知し、高度な筆の技術を持ちながらも、ひたすらに 奇想天外、破壊的な表現を続けた。しかし曾我蕭白の心には弱きものへの労り慈しみがあった。 みずからの表現について蕭白本人が記したものは何もない。しかし近年、さまざまな研究により、当時京都で広まっていた思想との関連が指摘されている。 蕭白の荒ぶる魂の根底にあるものは日本美術史上最も強烈な芸術の源である。

2月6日。日曜美術館「曾我蕭白 の奇想天外 」を見る。
曾我蕭白は言う。「画を望ば我に乞うべし、絵図を求んとならば円山応挙よかるべし」
江戸時代中期、京都の画壇には円山応挙、与謝蕪村、伊藤若沖、池大雅、長澤蘆雪ら気鋭の絵師が一斉に現れ、次々と新しい日本画を生み出していた。その鬼才たちの中でも、最も強烈だったのが曾我蕭白(1730~1781)である。
蕭白の描いた作品の多くは伝統的な故事である。しかしその表現は、見る者の神経を逆なでし、混とんの渦へと落とし入れる。尊敬されるべき仙人は薄ら笑いを 浮かべ、勇猛さを誇るべき獅子は何かにおびえるかのよう。女性を描けば常軌を逸した表情に。墨の濃淡を熟知し、高度な筆の技術を持ちながらも、ひたすらに 奇想天外、破壊的な表現を続けた。しかし曾我蕭白の心には弱きものへの労り慈しみがあった。
みずからの表現について蕭白本人が記したものは何もない。しかし近年、さまざまな研究により、当時京都で広まっていた思想との関連が指摘されている。
蕭白の荒ぶる魂の根底にあるものは日本美術史上最も強烈な芸術の源である。

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