2016年12月9日金曜日

「ランドセル俳人の五・七・五  小林凛(本名西村凛太郎)」を読む。 小林凛さんはは2001年5月予定日より3ヶ月早く、994グラムで生まれました。この小さな子が俳句を作る事でいじめに耐え、いじめの悲しみを俳句に昇華させました。健気ですね 小学校1年生の時に同級生のいじめに会いました。5年生まで続きました。お母さんが学校に行き相談しましたが相手にして貰えませんでした。それで自主不登校児になりました。小学校は事なかれ主義だ。事件が起きてから済みませんでは駄目だと思う。 彼は小林一茶の俳句を読み俳句に目覚め、俳名「 小林凛」として俳句を作ります。 小林凛さんは俳句に救われたのです。  生まれしを幸かと聞かれ春の宵  いじめられ行きたし行けぬ春の雨  春の虫踏むなせっかく生きてきた  紅葉で神が染めたる天地かな 日野原重明先生の言葉。「不登校の少年凛君は俳句をつくり始めたことでいじめに耐えた。春の日は彼に輝く。」

「ランドセル俳人の五・七・五  小林凛(本名西村凛太郎)」を読む。
小林凛さんはは2001年5月予定日より3ヶ月早く、994グラムで生まれました。この小さな子が俳句を作る事でいじめに耐え、いじめの悲しみを俳句に昇華させました。健気ですね
小学校1年生の時に同級生のいじめに会いました。5年生まで続きました。お母さんが学校に行き相談しましたが相手にして貰えませんでした。それで自主不登校児になりました。小学校は事なかれ主義だ。事件が起きてから済みませんでは駄目だと思う。
彼は小林一茶の俳句を読み俳句に目覚め、俳名「 小林凛」として俳句を作ります。
小林凛さんは俳句に救われたのです。
 生まれしを幸かと聞かれ春の宵
 いじめられ行きたし行けぬ春の雨
 春の虫踏むなせっかく生きてきた
 紅葉で神が染めたる天地かな
日野原重明先生の言葉。「不登校の少年凛君は俳句をつくり始めたことでいじめに耐えた。春の日は彼に輝く。」

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