9月8日「英雄たちの選択▽徳川繁栄鍵は第二次上田合戦にあり。凡庸の将軍・秀忠の真相」を見ました。
家康が徳川幕府の存亡を賭けて二代将軍に据えたのはなぜか徳川秀忠。秀忠には「凡庸」という評価がつきまとってきた。鍵は真田昌幸との戦い第二次上田合戦にあった。徳川軍38000人、真田軍2500人。圧倒的に徳川軍が優勢だった。秀忠は敗北した。そして秀忠が「関ヶ原の決戦」に遅参するという大失態を演じた。そんな「凡庸」な秀忠をなぜ二代将軍に選んだのか。
家康の思惑は「乱世なれば武勇。安定時に篤実」で秀忠を選んだ。
大坂の陣では秀忠が主導した。家康死後、弟忠輝、秀康の息子の忠直を改易し謀反の芽を摘み取った。その後豊臣恩顧の大名等41大名を取潰す。
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