2018年8月22日水曜日

「この国のはじまりについて 司馬遼太郎」 司馬遼太郎の「対談」は彼の作品であり、そのなした厖大な仕事の山脈のひとつである。そのような考えに基づき、数多くのうちから精選してこの『司馬遼太郎対話選集』は編まれた。ゆえにこの『司馬遼太郎対話選集』が知的娯楽にとどまらず、出版文化史上の貴重な資料ともなっている点に留意したい。 ● 古代から中世へ ○ 歴史の夜咄 林屋辰三郎 日本書紀は雄略天皇から信用できる。 古代出雲と東アジア 花開いた近代吉備 フロンティアとしての東国 ○ 日本人の原型を探る 湯川秀樹 ○ 鎌倉武士と一所懸命 永井路子 源頼朝は無色透明な人だった。 日本人物史談 E.O.ライシャワー  慈覚大師円仁を語る。日本と朝鮮の違いは鎌倉幕府の成立である。日蓮は漁民出身で非常に個性的な人であった。豊臣秀吉の朝鮮侵略は自己肥大、水軍はゼロだった。 多様な中世像・日本像 網野善彦 江戸時代の侍で謡いをできない人は居なかった。所謂標準語であった。 天下分け目の人間模様 原田伴彦 賎ケ岳の七本槍の武将は秀吉の妻おねが育てた。 ● 日本語の本質 ○ 中世歌謡の世界 大岡信 梁塵秘抄を評価する。 ○ 日本文化史の謎 丸谷才一 明治天皇の恋歌。岩倉具視は公家でありながら賭博場を開いていた。 ○ 空海・芭蕉・子規を語る 赤尾兜子 正岡子規のたおやめぶり、松尾芭蕉のますらおぶり。 ○ 日本語その起原の秘密を追う 大野晋 原日本語は二音節。朝鮮漢字では漢字は音読みだけである。 ○ 日本の母語は各地の方言 徳川宗賢 平安時代は別の国。方言こそ、日本語の活力だ。 ○ <人工日本語>の功罪 桑原武夫 過去の日本語には未来形は無かった。方言が失われて行くのは残念である。

「この国のはじまりについて 司馬遼太郎」
司馬遼太郎の「対談」は彼の作品であり、そのなした厖大な仕事の山脈のひとつである。そのような考えに基づき、数多くのうちから精選してこの『司馬遼太郎対話選集』は編まれた。ゆえにこの『司馬遼太郎対話選集』が知的娯楽にとどまらず、出版文化史上の貴重な資料ともなっている点に留意したい。
● 古代から中世へ

○ 歴史の夜咄 林屋辰三郎 日本書紀は雄略天皇から信用できる。
古代出雲と東アジア
花開いた近代吉備
フロンティアとしての東国
○ 日本人の原型を探る 湯川秀樹
○ 鎌倉武士と一所懸命 永井路子 源頼朝は無色透明な人だった。
日本人物史談 E.O.ライシャワー  慈覚大師円仁を語る。日本と朝鮮の違いは鎌倉幕府の成立である。日蓮は漁民出身で非常に個性的な人であった。豊臣秀吉の朝鮮侵略は自己肥大、水軍はゼロだった。
多様な中世像・日本像 網野善彦 江戸時代の侍で謡いをできない人は居なかった。所謂標準語であった。
天下分け目の人間模様 原田伴彦 賎ケ岳の七本槍の武将は秀吉の妻おねが育てた。

● 日本語の本質
○ 中世歌謡の世界 大岡信 梁塵秘抄を評価する。
○ 日本文化史の謎 丸谷才一 明治天皇の恋歌。岩倉具視は公家でありながら賭博場を開いていた。
○ 空海・芭蕉・子規を語る 赤尾兜子 正岡子規のたおやめぶり、松尾芭蕉のますらおぶり。
○ 日本語その起原の秘密を追う 大野晋 原日本語は二音節。朝鮮漢字では漢字は音読みだけである。
○ 日本の母語は各地の方言 徳川宗賢 平安時代は別の国。方言こそ、日本語の活力だ。
○ <人工日本語>の功罪 桑原武夫 過去の日本語には未来形は無かった。方言が失われて行くのは残念である。

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