「核なき世界を求めて ウイリアム・J・ペリー 春原剛訳」を読む。
○ ウイリアム・J・ペリー(1927~ )氏は1853年に黒船で来航したペリー提督の末裔である。
○ ウイリアム・J・ペリー氏は軍需産業に技術者としてかかわり、クリントン政権で国防長官も務めた米国が誇る「理系頭脳」である。
この書は日本経済新聞が掲載したペリー氏の「私の履歴書」に加筆し纏めたものである。
○ ペリー氏は核廃絶へ向けて語る。あわや核による第三次世界大戦の一歩手前までいったキューバ危機を、30代の若い頃 関係者の一人として間近に経験した。
キューバ危機は核戦争による地球最後の日を予感させた。
この事がペリー元国防長官が「核なき世界」を目指すこととなった契機である。
ペリー氏は2007年1月、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙に「核なき世界を」と題した意見論文を発表した。
○ 巻末の対談においては米国ではタブーとされているイスラエルの核武装問題にも躊躇無くコメントしている。
○ また広島の原爆記念館では、日本人の中国戦争から太平洋戦争に至る反省が少ないと述べる。日本は戦争が「起こった」のではなく、「起こしたと」言う認識が不足していると述べる。
一方太平洋戦争開戦の原因に関しては「日米双方に動機があった」と素直に認めている。
○ 北朝鮮問題の解決にはクリントン元大統領を北朝鮮に派遣する可能性を語る。
過去にはカーター元大統領は1994年6月に北朝鮮に飛んでいる。
2018年8月25日土曜日
「核なき世界を求めて ウイリアム・J・ペリー 春原剛訳」を読む。 ○ ウイリアム・J・ペリー(1927~ )氏は1853年に黒船で来航したペリー提督の末裔である。 ○ ウイリアム・J・ペリー氏は軍需産業に技術者としてかかわり、クリントン政権で国防長官も務めた米国が誇る「理系頭脳」である。 この書は日本経済新聞が掲載したペリー氏の「私の履歴書」に加筆し纏めたものである。 ○ ペリー氏は核廃絶へ向けて語る。あわや核による第三次世界大戦の一歩手前までいったキューバ危機を、30代の若い頃 関係者の一人として間近に経験した。 キューバ危機は核戦争による地球最後の日を予感させた。 この事がペリー元国防長官が「核なき世界」を目指すこととなった契機である。 ペリー氏は2007年1月、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙に「核なき世界を」と題した意見論文を発表した。 ○ 巻末の対談においては米国ではタブーとされているイスラエルの核武装問題にも躊躇無くコメントしている。 ○ また広島の原爆記念館では、日本人の中国戦争から太平洋戦争に至る反省が少ないと述べる。日本は戦争が「起こった」のではなく、「起こしたと」言う認識が不足していると述べる。 一方太平洋戦争開戦の原因に関しては「日米双方に動機があった」と素直に認めている。 ○ 北朝鮮問題の解決にはクリントン元大統領を北朝鮮に派遣する可能性を語る。 過去にはカーター元大統領は1994年6月に北朝鮮に飛んでいる。
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