2016年6月30日木曜日

6月29日BS朝日「昭和偉人伝、服部良一」 作曲家・服部良一(1907〜1993)は戦前から戦後におけるヒットメーカーだ。彼は作曲の功績で国民栄誉賞を受賞した。 服部良一は「青い山脈」「銀座カンカン娘」「東京ブギウギ」等、今も多くの人々の心に残る青春ソングを作曲し戦後復興期、多くの人々を元気づけた。生涯手がけた楽曲は3500曲に達する。 「別れのブルース」や「雨のブルース」(淡谷のり子)の大ヒット曲に象徴されるように、日本が太平洋戦争へ突入する以前、まだ情報の少ない時代からジャズやブルースといった海外の音楽をいち早く取り入れ、そこに日本の音楽・メロディーを融合させた名曲を作り上げた。 まさに昭和のジャズ&ポップス史を支えた第一人者といえる。 淡谷のり子を起用して革新的大ヒットとなった「別れのブルース」。  妻へのラブレターを大切に保管している服部良一。そして今回、服部家が所蔵する、戦前の貴重な記録フィルムを入手、初めて公開する。 現在の日本音楽界の巨匠である長男・克久氏と孫・隆之氏をはじめ、戦前の服部良一を知る一番弟子・小川寛興氏、彼の教えを受けた中村メイコらが服部良一の思い出を語る。

6月29日BS朝日「昭和偉人伝、服部良一」
作曲家・服部良一(1907〜1993)は戦前から戦後におけるヒットメーカーだ。彼は作曲の功績で国民栄誉賞を受賞した。
服部良一は「青い山脈」「銀座カンカン娘」「東京ブギウギ」等、今も多くの人々の心に残る青春ソングを作曲し戦後復興期、多くの人々を元気づけた。生涯手がけた楽曲は3500曲に達する。
「別れのブルース」や「雨のブルース」(淡谷のり子)の大ヒット曲に象徴されるように、日本が太平洋戦争へ突入する以前、まだ情報の少ない時代からジャズやブルースといった海外の音楽をいち早く取り入れ、そこに日本の音楽・メロディーを融合させた名曲を作り上げた。
まさに昭和のジャズ&ポップス史を支えた第一人者といえる。
淡谷のり子を起用して革新的大ヒットとなった「別れのブルース」。
 妻へのラブレターを大切に保管している服部良一。そして今回、服部家が所蔵する、戦前の貴重な記録フィルムを入手、初めて公開する。
現在の日本音楽界の巨匠である長男・克久氏と孫・隆之氏をはじめ、戦前の服部良一を知る一番弟子・小川寛興氏、彼の教えを受けた中村メイコらが服部良一の思い出を語る。


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